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進撃の巨人を見ていて、響いたアルミンの一言があった。

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進撃の巨人11巻

何かを変えることのできる人間がいるとすれば その人はきっと・・・ 大事なものを捨てることができる人だ。化け物をも凌ぐ必要に迫られたのなら、人間性をも捨て去ることができる人のことだ。何も捨てることができない人には、何も変えることはできないだろう。

こういう言葉はもちろんよく聞く。しかし、言葉というのは、その人がどんな過去を生きてきたか、どの瞬間を生きるのかによって、感じ方は違う。僕はこの言葉が今の僕に、凄い響いた。だから書く。

もちろん今は捨て去るほどのものも、何かを捨てて何かに懸けるまでの情熱も僕は何一つ背負っていない。だけど、こうやって何かを失ってまで何かを成し遂げたいという情熱と、捨てられるほどの勇気は、「俺なら大丈夫」っていう根拠のない自信からしか来ないのだろうと思う。

正直、世の中を生きていれば、これだけは絶対信じられると言えるものは、少ないし、それだけに頼ることはリスクでもある。「絶対」という言葉の絶対性は儚く、脆い。僕はこんな大切なことを高1の失恋から学んだ。

こうやって書くと人間不信みたいに思われるかもしれないが、自分が考える「絶対」と相手が考える「絶対」というのは著しく乖離していて、とても自分勝手な「絶対」なのである。辞書を引いてみると、絶対とは、他に比較するものや対立するものがないことを指す。つまり、これは相手の状況が変われば、比較するものや対立するものがでてきて、絶対の意味もすぐ変わるということでもあると僕は解釈している。だから、やっぱり人に依存する絶対というのは儚く、脆い。でも、そこにはロマンや測りきれない愛があるからやめられない(笑)

しかし、何かを成し遂げるとき、本当の意味での「絶対」という何かにすがりたくなるのも事実。僕の背中を押してくれる、痛んだときに慰めてくれる絶対的な何かだ。それは、その時の自分の友達かも知れないし、恋人かもしれない。でもみんな人間だ。彼ら彼女らがいないときだって、助けてもらえないときだってある。

だからこれからずっと、絶対に消しちゃいけない僕にとっての絶対は、「俺なら大丈夫」っていう根拠のない自信だけだ。これを僕から取ったら、きっとアルミンのいう何かを変える人間にはなることができない。

何かを変える人間は、世間の常識とはえらく乖離したことを前に前に進めていかないといけない。だから、落ち込むことも、打ちのめされることも、人の何倍、何十倍もある。ただ、そこで一度でも自分に負けちゃ終わりだ。そしたら、その根拠のない自信もどこかに消えてしまう。

悩む暇があるなら問題解決の一歩を歩み、一つでも前に進み自信を取り戻さないといけない。落ち込む暇はない。前に進む。アルミン、君は素晴らしい。

About The Author

kazuya.zbz

美味しいご飯と、写真を撮るのが大好きな26歳。福井→京都→US→Rettyという会社でディレクターをしたのち、現在は(一応)地球一周中のKazuya Yabu です。

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